「聖徳太子は難聴で、読唇術で話を理解していた」は本当か?
公開日 / 執筆 DemaGase編集部
結論
「聖徳太子は難聴で、読唇術で話を理解していた」という説の判定は「不明」。聖徳太子が難聴だった、または読唇術を使っていたという記録は確認できない。
判定
資料が不足しており、正しいとも誤りとも判断できない説です。新しい資料が見つかれば判定を見直します。 「不明」と判定した記事の一覧
よくある説(俗説)
聖徳太子はもともと難聴であったが、だんだん読唇術を使って相手の言いたいことが分かるようになった
聖徳太子はもともと耳が不自由で、相手の唇の動きを読む読唇術によって話を理解していたという話がある。10人の話を同時に聞き分けたという有名な伝説も、実は耳ではなく目で理解していたからだと説明されることがある。
検証
聖徳太子(厩戸皇子)について、一度に10人の訴えを聞き分けたという逸話は『日本書紀』に記されており、太子は「豊聡耳(とよとみみ)」とも呼ばれた。この名は太子が聡明で、訴えを裁く能力に優れていたことにちなむとされ、難聴を示すものではない。一方、太子が難聴だった、あるいは読唇術を使っていたと記した史料は見当たらない。そもそも10人の訴えの逸話自体が、太子の死から約100年後に編纂された書物に記された伝説であり、太子の実際の聴力について史料から判断することはできない。
実際の有力説
聖徳太子が難聴だった、または読唇術を使っていたという記録は確認できない。伝承上の太子は「豊聡耳」と呼ばれ、多くの訴えを聞き分けたとされるが、それも後世の伝説であり、実際の聴力は分からない。
なぜ広まったか
「10人の話を同時に聞けた」という有名な伝説に、合理的な説明を与えようとする話は受け入れられやすい。超人的な能力の裏に意外な事情があったという筋書きは、雑学として印象に残る。この話は嘘の雑学を意図的に集めたネット記事でも題材にされている。
見分け方
歴史上の人物の身体的特徴や病気についての話は、同時代の史料に記録があるかを確認するとよい。有名な伝説を「実はこうだった」と説明し直す話は、根拠となる史料が示されているかが見極めのポイントになる。
よくある質問
- Q. 「聖徳太子は難聴で、読唇術で話を理解していた」は本当?
- A. 「不明」です。聖徳太子(厩戸皇子)について、一度に10人の訴えを聞き分けたという逸話は『日本書紀』に記されており、太子は「豊聡耳(とよとみみ)」とも呼ばれた。
- Q. 「聖徳太子は難聴で、読唇術で話を理解していた」という説の真相は?
- A. 聖徳太子が難聴だった、または読唇術を使っていたという記録は確認できない。
- Q. 「聖徳太子は難聴で、読唇術で話を理解していた」という説はなぜ広まった?
- A. 「10人の話を同時に聞けた」という有名な伝説に、合理的な説明を与えようとする話は受け入れられやすい。
- Q. 似た俗説を見分けるには?
- A. 歴史上の人物の身体的特徴や病気についての話は、同時代の史料に記録があるかを確認するとよい。
出典
- 聖徳太子(日本大百科全書ほか)— コトバンク
- 日本書紀— 舎人親王ら(720年成立)
この記事について
執筆: DemaGase編集部 / 検証日: 2026-09-29 / 最終更新日: 2026-09-29
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