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有力説だが確定ではない

「日本の左側通行は武士が左腰に刀を差していたから」は本当か?

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よくある説(俗説)

日本の道路が左側通行なのは、武士が左腰に刀を差していたため、右側を通ると鞘がぶつかって争いになるのを避けるためだった

日本の道路交通が左側通行なのは、江戸時代の武士が左腰に刀を差していたことに由来するという説がある。右側を通行すると互いの鞘が触れ合って「鞘当て」と呼ばれる争いに発展するおそれがあったため、自然と左側を歩くようになったと語られる。

検証

この説は一見もっともらしく、歴史的な時期との整合性もある程度ある。ドイツ人医師ケンペルが17世紀末(元禄期)に日本を訪れた際の記録『日本誌』には、当時すでに日本の交通が左側通行で徹底していたことが記されており、明治以前に左側通行の慣習が存在したことを示している。これは武士文化が全盛だった時期と重なる。しかし「武士の刀が原因だ」という因果関係を直接示す史料・法令・記録は現在のところ確認されていない。日本で左側通行が法令として初めて明文化されたのは明治14年(1881年)の警察通達で、明治33年(1900年)に警視庁の道路取締規則として整備された。この法令を起草した松井茂は「特別な根拠があったわけではなく、歴史的な慣習による」と述べており、武士の刀については言及していない。警察庁・大阪府警・大分県警なども公式見解として「武士の刀説を含む諸説があるが、確定的な根拠は確認されていない」としている。一方で「イギリス(鉄道導入)の影響で左側通行になった」という説も流布しているが、道路交通とイギリスの関係についても明確な根拠は見当たらず、これも俗説の域を出ない。

実際の有力説

日本の左側通行は江戸時代にすでに慣習として存在していたとみられ、武士の刀文化との時期的な整合性はある。しかし「刀が原因だ」という直接の因果を示す史料はなく、警察当局も確定的な根拠はないとしている。現時点では複数の説が並立しており、武士の刀説は「可能性のある仮説のひとつ」という位置づけにとどまる。

なぜ広まったか

「左腰の刀 → 右側通行で鞘が当たる → だから左側」という論理が非常に直感的でわかりやすいため、広まりやすかった。武士と刀という日本文化のシンボルと結びついた説明は記憶に残りやすく、テレビや雑学本で繰り返し紹介された。

見分け方

「Aという慣習はBという理由で始まった」という起源説は、A・Bの時期が一致するだけでは因果関係の証拠にならない。「その時代にBが存在した」ことと「BのせいでAが生まれた」は別の命題だ。起源説を評価する際は、AからBへの因果を直接示す文書・記録・証言が存在するかを確認するとよい。

出典

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